名物、半殺しの鯖と皮鯨のおでんを味わう
【地酒 肴 さば寿司 きん弥】神戸市中央区
飲食店がひしめく中山手の路地裏。小さなビルの1階の突き当たり。ぜったいにふらっと入る店ではないけれど、知っているからこそ行きたくなる。それが「きん弥」。
肌寒い日はとくに、この店のおでんが食べたくなる。おでんは家で作るから外では食べない、と豪語している私だけど、ここのは別。あつあつおでんと、しめ鯖、そして地酒を飲みに一人で行く。
カウンター10席と小上がりの小さな店。店主の成田欽弥さんが一人で料理をする。大鍋で煮込んでいるのは、皮鯨(コロ)と鶏ガラでダシをとったおでん。もちろんコロもしっかり煮込まれている。鯨が庶民の食卓に上っていた時代、関西ではおでんにコロが使われていたらしい。「大将は青森県・大鰐町出身なのに鯨なんですか?」とたずねると、「ほかの店で作っていないから」という返事。コンビニでもおでんが買える時代だからこそ独自の味を出したいそうなのだ。コロの記憶はないけれど、たしかに飴色のおでんは独特の濃厚な味わいをもち、ぷるんぷるんのコロの食感も面白い。
一杯目の酒は「開龍(静岡県)」。酒米の王者、山田錦で造られた地酒は、さらりとした飲みくちで甘みと旨みがふわっと広がる。この酒にと選んだ自家製鶏ハムは、しっとりした身にほどよい塩加減。胸肉を真空パック調理にして、旨みを逃さずこの部位にありがちなパサつきも回避している。いくつか料理をつまんだあとは、名物の「半殺し」だ。物騒な名前だが、これはシメ鯖のこと。あまりのみずみずしさに常連客が名付けたものだ。
これも真空パックを使って1日から2日寝かせて味をしみこませ、たっぷりの山椒と一緒にいただく。「なにかお酒を」とお任せにすると大将の故郷に近い弘前の地酒「龍飛(たっぴ)」が注がれた。シメ鯖の甘酸っぱさに、少し辛めの地酒、なんとも幸せな味わいだ。
店にあった昔の雑誌を見ると「きん弥の鯛のしゅうまい」なるものが紹介されていた。今は無いメニューなのでたずねてみると、開業当初、お客さんが少ない日は造り用の鯛が余ってしまう。もったいないとアレンジして作ったら大ヒット。しかし今はない幻のメニューになってしまった。
じつは数年前に大病をわずらって利き腕が使えない。懸命にリハビリをして、今は左手で包丁を握る。「病院のリハビリプログラムに料理があってね。他の人はカレーとかシチューを作るらしいけど、僕は白和えと鰯のつみれ汁を作って驚かれました。どうしても元の仕事に復帰したかったから」。その言葉どおり、9ヵ月の休業を経て再び店を開けた。常連たちが待ち望んだ再開だ。「料理ができるまで、うるめいわしをつまんどいて。お代はいらないから」「ごめんね、お茶はないから、外の自販機で買ってきて」「9時まわったから解禁」と自分も酒を飲む。1988年の開業から30年以上通い続けるサラリーマン、二回目からは一人で来る若い女性など、成田さんの自然体の振る舞いに、居心地がよくてついのぞいてしまうのは私だけではないようだ。
◆ MENU
生ビール600円
地酒600円~
お通し1,500円
おでん300円~
◆ Data
きん弥
電話:078-391-1714
住所:神戸市中央区中山手通1-7-22 鈴木ビル1F
営業:18:00~23:00
休み:日・月曜・祝日
◆ Writing / 松田きこ
(株)ウエストプラン代表。兵庫県西宮市在住。食・観光・人物取材に日本中を飛び回る。ライター歴20年以上。編著書「神戸・阪神間 美味しい酒場」「くるり西宮・芦屋・東灘・灘」「くるり丹波・篠山」他
http://www.west-plan.com/